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ジュゴンの家・日誌
「ジュゴンの家」の賛助会員、募集中
「ジュゴンの家」は沖縄・名護にあるリサイクルショップです!!お店を開けつつ、「基地建設をとめたい!!」という思いで、日々行動しています。
「ジュゴンの家」では「ジュゴンの家」を支えてくださる賛助会員を募集しています。
「力になろう!」という皆さま!!
ぜひ、賛助会員になってください!!よろしくお願いします!
会員申し込みは・・・FAXまたはメールでお知らせください。
  住    所 沖縄県名護市城2-13-2
  電話&FAX 0980−54−2948 
   e−mail   dugonghouse_in_okinawa@yahoo.co.jp
会費・・・月1000円、年10.000円となります
同基金への協力は 
●琉球銀行 普通口座 名護支店
 口 座 番 号   23−130
 口 座 名  西 陽子 まで

よろしくお願いいたします
  じゅごんの家へのメールはコチラ!!→→ 

2月Aへ 2月Cへ

2月B

※辺野古への行き方をご案内します。

  辺野古には、那覇と名護より77番の
バスで来ることができます。
詳しくはhttp://www.rosenbus.com/から路線バスの沖縄バス、 77系統名護東(辺野古)線をご覧下さい。
 辺野古バス停で下りたら、海の方まで川沿いに歩いてください。 漁港前の防風林を越えて防波堤に出たところが座り込みのためのテントです。 途中、命を守る会への案内看板もあります。そちらからでもテント村に行けます。

 
車、レンタカーでいらっしゃる方は、沖縄自動車道「宜野座インター」 を出て左、国道329号線を北上し10数分、「久志(北)」の交差点を右折、久辺中学の横を通り、坂の下の給油所「辺野古(西)」を 右折、川沿いに海に向かいます。
 辺野古漁港は立ち入れませんので、手前に駐車して漁港入り口までおいで下さい。テント村の場所は漁港入り 口向かって右側、防風林の向こう側、防波堤の上です。


2月12日(火)

パッシブソナーの再設置準備がされているようです。海上行動に人員がとられるため、陸上での人数も足りなくなります。駆けつけられる方は辺野古に向かってください。

今日夕方に今回の暴行事件に関して緊急抗議集会を行います。こちらも是非お集まりください。

日時:2月12日(火)18:00
場所:キャンプ瑞慶覧(ずけらん)ゲート在沖米軍司令部前
   北中城村石平(きたなかぐすくそんいしんだ)


2/12・15:15

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今日は20数隻の作業船が確認されています。そのうちパッシブソナーを積んだ数隻が設置強行しようとしましたが、その作業は阻止することが出来ました。現在は陸上から警戒監視行動を継続しています。

阻止行動座りこみ1394日目
許せない!!米兵、中学生への暴行!!
「米兵による女子中学生暴行事件糾弾!!緊急抗議集会」
日時:2月12日(火) 18:00
場所:キャンプ瑞慶覧(ずけらん)ゲート
在沖米軍司令部前
   北中城村石平(きたなかぐすくそんいしんだ)
沖縄タイムス
2008年2月12日(火) 夕刊 7面
携帯越し「助けて」/安保の影 犠牲また
 「助けて」という少女の叫びは届かなかった。十日発生した米海兵隊員による暴行事件。訓練された兵士が、また牙をむいた。北中城村の容疑者宅周辺では、三十八歳の容疑者が甘い言葉を操り、執拗に少女に追いすがる様子が目撃されていた。おびえる子どもたち。大人たちは、痛憤に声を震わせた。少女一人の尊厳も守れない安全保障とは何か。繰り返されてしまった凶悪事件は、基地と隣り合わせで生きる意味をあらためて突き付けた。

 「助けて」―。つなぎっ放しの携帯電話から、時折少女の叫び声が響いた。迫って来る米兵の姿に、「来た」と言っては会話は途切れる。携帯電話を隠すガサガサとした雑音。少女とのたった一つの接点を切らすまいと、少女の友人たちはわずかな物音にも神経をとがらせた。事の重大さに気付いた友人らは、少女の親族らにも助けを求め、総勢約十人で沖縄署に駆け込んだ。

 少女はハドナット容疑者の振る舞いに異変を感じた後、すきを見て友人らに携帯電話で助けを求めた。「どこにいる?」「分からない。男が来た」。断片的な会話しかできない中、友人らは数十分も電話をつなぎっ放しにし、少女の無事を祈った。車に乗せられ中部方面に向かった後も、少女は「車から降りられない」などと急を知らせていた。

 少女は車で連れ回されている途中、機転を利かせて「家はこの辺りだから」などとうそを言い、自宅から遠く離れた場所でいったんは車を降りた。だが、夜間で地理も分からず、迷っていたため、再びハドナット容疑者の車に乗せられた。少女は別の場所でも「友達と待ち合わせしている」とうそを言い、車を降りたが、逃げ切れなかったという。

 同署によると、ハドナット容疑者は沖縄市のコザ・ミュージックタウン内の店から出てきた少女ら三人に「その服どこで買ったの」などと声を掛けた。数分間話した後、少女だけをバイクに乗せたという。

 ハドナット容疑者の自宅近くの住民は、事件当日の午後九時ごろ、被害者とみられる若い女性が逃げる姿を目撃。ハドナット容疑者は「待って。お願い。ごめんなさい」などと呼び掛け、少女を車に乗せたという。

     ◇     ◇     ◇     

基地の街 不安・恐怖

 米海兵隊員による暴行事件の現場は、米軍基地近くの住宅街だった。米軍との共存を強いられる住民らは、不安や恐怖をあらためて呼び起こされた。

 現場は北谷町内の幹線道路から、十メートルほど離れた住宅街にある公園脇の道路。夜になると人や車の行き来も少なくなり、事件が起きた十日の夜も「人の叫び声を聞いたり、争う様子を感じたりすることはなかった」と近所の住民は口をそろえた。

 その一方、米兵や家族も多く住む地域で、公園脇にはYナンバーの車が並び、週末には集まった米兵らがたき火をして騒いだり、けんかしたりすることも度々あったという。

 近くの自営業の男性(40)は「以前も酔った外国人が叫び、二回ほどパトカーが来た。警察もパトロールのコースに入れるなど、対策が必要だったのではないか」と指摘した。

 公園の向かいに住む高校一年生は「普段は米軍基地に対して反感を覚えることはないが、また米兵が事件を起こしたと思うと怖くなる。住民の安全を守るという最低限度のことに国は責任をもってほしい」という。

 二十代の娘がいるという主婦(62)も「怖くて夜は一人で出歩かせたくない。どうにかしてほしい。基地がなくなるのが一番いいのですが」と話した。

「絶対に許されない」/綱紀粛正の要求高まる

 基地・軍隊を許さない女たちの会共同代表で強姦救援センター・沖縄(レイコ)代表の高里鈴代さんは「安心できるはずの場所から言葉巧みに誘い出されて、少女は被害に遭った。すごく悪質で絶対に許されない。犯人が巧みなのであって、彼女に一切落ち度はない」と訴えた。

 その上で「若い兵士の夜間外出制限が犯罪防止策として出るが、この兵士は三十八歳で、基地の外に住んでおり、防止策が全部ぶっ飛ぶ出来事。じゃあ、どうやって米兵の犯罪を防ぐのか。米軍は事件のたびに『綱紀粛正』と言い続けているが、事件はずっと続いている。しかも性犯罪で表に出るのは、実際にあった被害の一部でしかない」と強調した。

 県PTA連合会の諸見里宏美会長は「非常にショックで悲しく、ぞっとする。子どもがそのような目に遭うのを絶対許してはならない。犯人は罪を認めて謝罪し、賠償するなど誠意を見せ(少女の)心の傷が癒える対応をしてほしい」と話した。

 県高校PTA連合会の西銘生弘会長は「またか、と非常に驚いている。一九九五年の暴行事件の時にも県民大会で訴えたのに、また同じことが起こった。基地撤去に向けて動くべきではないか」と述べた。

 高教組の松田寛委員長は「ただ、憤るばかりだ。基地ある限り犯罪が消えないのなら、基地をなくすしかない。これまでと同じような県の申し入れだけでは、県民は許せないだろう」と強い調子で話した。

 沖教組の大浜敏夫委員長は「子どもを預かる教員として満身の怒りがこみ上げてくる」と声を震わせた。「米軍基地受け入れを容認する国や県の責任も問われる。再び県民が、米軍基地をなくすため具体的に行動を起こすしかない」と語気を強めた。

 県子ども会育成連絡協議会の玉寄哲永会長は、「子どもを対象にこのような犯罪を起こし、地域の安全を奪う米軍基地の存在は許せない」と話した。

 沖縄平和運動センターの山城博治事務局長は「少女の尊厳は何にも代えられない。基地の存在はやむを得ないという県民にも、この蛮行を直視して考え直してほしい」と語った。

東門市長ら謝罪要求

 【中部】米海兵隊員による暴行事件を受け、東門美津子沖縄市長と野国昌春北谷町長らは十二日午前、北中城村石平の米海兵隊外交政策部(G5)を訪ね、再発防止の抜本的な解決策の公表と被害者への謝罪を求めた。

 抗議では「米軍構成員等の教育を徹底し、綱紀粛正を図るとともに、被疑者への厳格な処罰を行うべきだ」と強調。容疑者が所属するキャンプコートニーの司令官あてに抗議文を手渡した。

 野国町長は、逮捕された海兵隊員について「十四歳の子どもがいてもおかしくない年齢であり、また軍でも指導的な立場にある者が事件を起こしたことは問題だ」と米軍に抗議。その上で被害者の精神的ケアに配慮するよう要望した。

 野国町長によると、対応した米外交政策部のフォースデッド中佐は「悲しい事件であり、許されるものではない。上司に伝えたい」などと話した、という。東門市長らはその後、在沖米国総領事を訪ね、同日午後には沖縄防衛局、外務省沖縄事務所にも抗議行動する。

 東門市長は十一日、容疑者が身柄を拘束されている沖縄署を訪ね、事件について説明を受けた。東門市長は「私にも娘がおり、胸が痛む。女性の尊厳、人権を無視した犯罪は絶対に許せない」と語気を強めた。




2月11日(月)
許せない!!米兵、中学生への暴行!!

緊急抗議集会
日時:
2月12日(火) 18:00
場所:
キャンプ瑞慶覧(ずけらん)ゲート
在沖米軍司令部前

   北中城村石平(きたなかぐすくそんいしんだ)

沖縄タイムス 2008年02月11日(月) 

[号外]

米兵が中学生暴行 沖縄署が容疑で逮捕
知事「許せない」
 本島中部の女子中学生(14)を乗用車内で暴行したとして、沖縄署は十一日午前、在沖米海兵隊キャンプ・コートニー所属の二等軍曹タイロン・ハドナット容疑者(38)=北中城村島袋=を強姦の容疑で逮捕した。ハドナット容疑者は「抱き付いたり押し倒したりしたが、暴行はしていない」と容疑を否認しているという。仲井真弘多知事は同日午前、「女性の人権を蹂躙する事件で決して許すことはできない」と憤り、東門美津子沖縄市長らも事件を非難した。同日午後、上原昭知事公室長、仲村守和県教育長が在沖米国総領事館に抗議した。
>>PDF版(1面:231KB)
>>PDF版(2面:243KB)(16時40分)
琉球朝日放送

2008年02月11日 (月曜日) 18 : 28

14歳少女を暴行

海兵隊2等軍曹の男を逮捕

昨夜北谷町で14歳の少女を暴行したとして38歳のアメリカ海兵隊員の男が逮捕されました。「事件は、国道から一歩裏手に入った閑静な住宅街で起きました。左手には公園、右手には民家やアパートが並んでいるまさにこの現場で犯行は行われました。」

阻止行動座りこみ1393日目
寒い〜!!!!
ミルクを見ただけで口を開けて待機するユウキ 懸垂対決! 安次富さんと同じ格好で寝るユウキ。
ジュゴンの家に缶カラ三線の寄付をいただきました! みんな以外と弾ける。 缶カラ三線教室。なんと30分で安里屋ユンタを習得!
大阪行動の方からおもちの寄付をいただきました!

ありがとうございました!

早速、テント村の炭火で焼いて食べました。
北海道の方から鮭とばを頂きました。
なんとまるまる一匹の燻製です!


ユウキも鮭とばをはむはむ。
なにやら工作中・・・ こんな木の破片が・・・ 三板に・・・!!
いえ〜い!! 練習してうまくなりました〜 テント村手作り楽団結成!
広島の被爆者の方が被爆はまゆうを持ってこられました。 テント村の脇に植えました。 おおきくなーれ!

(YMCAに植えられた株分けされた)
被爆ハマユウ

  爆心地から東へ約2kmの地点に市街地を見下ろす高さ70mほどの小さな比治山があります。当時ここには、陸軍船舶砲兵団(通称:暁部隊)の隊員1500名ほどが駐屯していました。その1人が兵長の尾島良平さんです。
隊員の食事を担当していた尾島さんは、食材の買出しにでかけたとき、広島市の西にある己斐町で農業を営む橋本一太さんから、めずらしいハマユウの株をもらい、比治山の兵舎の横に植えていました。それは、ゆりのように花弁が円錐になったインド・ハマユウでした。
  比治山も1945(昭和20)年8月6日米軍投下の原爆の直撃を受けました。買出しに出かける直前の尾島さんは爆風で吹き飛ばされ気絶し、胸の骨三本を折りましたが、兵舎の陰にいたため幸いな事に火傷はせず命に別状はありませんでした。何人もの戦友が重症を負い、また亡くなりました。
兵舎は跡形も無く崩れ何本もの大木が折れ、葉をなくして立ち枯れのようになった木々が続いていました。
  戦争がおわり尾島さんは胸の骨折を治し元気になった11月に比治山を訪ねました。
尾島さんは、崩れた兵舎の前で亡き戦友を偲びつつ手を合わせました。ふと見ると瓦礫の間から細長い緑の葉が出ていました、ハマユウでした。原爆で焼き尽くされたものと思っていましたが、新しい葉を伸ばし生きていたのでした。さっそく瓦礫を取り除いて球根を掘り起こし、それを実家の鎌倉に持って帰りました。
庭にハマユウを植えて水を与えるとだんだん元気になり、被爆前のように初夏には白い花を咲かせるようになりました。尾島さんはこの被爆したハマユウを「破魔勇」書きました、原爆にも負けない力は、悪魔も打ち破るほどの勇ましさであると表現したのです。そして純白の花を咲かせ甘い香りの被爆したハマユウを、核兵器の脅威がこの世からなくなるまで、反核・平和のシンボルとして世の中に広げようと決意しました。知り合いの被爆者が亡くなると、墓前に被爆ハマユウを植えました。さらに広島の平和記念公園、神奈川県大船の被爆慰霊碑、ビキニの水爆実験で死の灰を浴びた第五福竜丸などのもとに運び、平和の願いを込めて植えていきました。
1979(昭和54)年尾島良平さんは69歳で亡くなりました。その後長男の真次さんが被爆ハマユウを守り育ててきました。1995(平成7)年から尾島良平さんの意思を被爆ハマユウ・クラブが引き継いで反核・平和のため被爆ハマユウの普及に努めています。                            
寄贈:被爆ハマユウ・クラブ  2006(平成18)年8月4日
今(2007)年2月交流ウォークの時以前はなかったこの被爆したハマユウ(から株分けされた)ハマユウが植えられていることに気がついたのです。いままで『元日本陸軍の兵士が見つけ、鎌倉市の自宅で育てた。』ということは平和記念公園の被爆したハマユウを頁に編集した時に知ったのですが、その方が尾島良平さんであったことなどは知りませんでしたので被爆したハマユウに込められた想いの一端を知ったのでした。
資料は設置の説明板を参考に趣旨は変えていませんが表現は原文そのままではありません。 07.06.25裕・記編集
   関連頁:(平和記念公園の)被爆ハマユウ

’07.02.17.撮影
軍事演習がありました。 黒い煙と轟音を立てて向かってくる戦車。 シロサギも蹴散らして走る
止まり木に止まるコッコ
帰り際、最新鋭の戦車が横切る。

2月Aへ 2月Cへ


☆飛び入り大歓迎!!
     一緒にビラまきをしたい人を募集しています。

☆作戦決行日:毎週土曜(雨天中止)
      14:
30 じゅごんの家集合!!(名護市城2−13−2)
      15:00 為又・
「洋服の青山」前で街宣開始!


参加者募集!!!
基地建設阻止行動およびテントで座り込みする人が必要です!!!
少ない時間でも、行動できる人は集まってください!!
あなたが行動することで現場の状況は変わる・・・・!!
どうか、よろしくお願いします!!
辺野古に来てください!!!
基地建設阻止行動のための緊急カンパのお願い!!
 辺野古では日米政府が「沿岸案」を合意し、座り込みはまだまだ続いています。。今後も基地建設を止めるには多大な資金が必要になると予想されます。全国の皆さんにカンパをお願いしたいと思います。皆さん応援をよろしくお願いします!!

 カンパを振り込まれる際は、下記の口座にお願いします。
加入者名「ヘリ基地反対協議会」 郵便振替番号:01700-7-66142

 沖縄・名護・辺野古の美しい海を埋め立て作ろうとしている新しい軍事基地建設を止めさせるために、おばぁたちが座り込みをはじめてから8年と600日以上。その怒りを正面からうけとめもせずに国は、ムリヤリ、かなりボーリョク的に着手し、調査のために建てられた5コのやぐらは、すでに海中のサンゴをふみくだいている。日本の各地で、世界で、この基地を作ることに対し、抗議の声がうずまいているとゆーのに。

 今、辺野古では、陸上での座り込み、海上・海底でのカヌーや船を使った阻止行動がつづけられており、那覇、大阪、京都、名古屋、東京では座り込みなどで辺野古のことを訴える活動が広まっている。これらを通じて辺野古を知り、これをじぶんの問題として重くうけとめた若者たちが辺野古にあつまり「カヌー隊」として活躍しはじめているところだ。

 弟のシュウは、船の免許をとり、「阻止船」を操縦している。巨大な作業船が辺野古に現れた日、通らせまいと、台船の進路に立ちはだかったが、台船は停まらず、シュウの船は何十倍もの大きさのその船に突撃、間一髪転ぷくはまぬがれたという。数年まえまでいわゆる「不登校」だった弟は、幸運なきっかけを得て、沖縄に行き、沖縄のかかえる問題を知り、辺野古のおばぁ達に出会った。おばぁ達に、学校では教えてくれないいくつものことをおそわり、「戦(いくさ)やならん、命どぅ宝(ぬちどぅたから)」とおそわった。これ以上、おばぁたちに、基地を苦しみを座り込むことをおしつけたくない、たった1人になってもここに立って止めよう、命をはってでも、と決めた。しかし、台船にぶつかる瞬間、シュウの頭をよぎったのは「かならず、生きぬいて帰ってきなさい、なにがあっても」という、おばぁのコトバと、大切な人たちの顔の走馬灯。死ぬわけにはいかない。なにがあっても生きていること、それ以上に価値あるものはない。おばぁの言葉の意味すること。弟の死がもたらす悲しみは、おばぁたちをも殺しかねないのだ。

 恋人のユウスケは、カヌー隊で、海上でのすわりこみをするため、名護でくらしている。ある日、仕事をやめ、彼は「辺野古に行こうと思う」と言った。それは、唐突ではあるがまるで必然のようだった。生活=お金のための生活をやめて、イメージに近いほうを選ぼうとしていたユウスケ。辺野古のことは知っていた。基地ができれば、もちろん自然はこわされ、それ以上に人がたくさん死ぬ。ねがいは、ただ、「幸せになること」。だからこそ、目の前に見えている脅威を見てみぬふりをして自分を偽ることはできない。ほんとうに幸せになりたいから、止めに行く。それが、ユウスケのイメージだ。ものすごくシンプルに、「好きな人を失いたくない、悲しませたくない」から、この不穏な世の中の流れを止めるために動く、その中でいま1番焦点になっているのが辺野古だったのである。

 カズマサ君は、仕事をやめてから、地元・名古屋と辺野古を行き来し、名古屋では街頭アピールなどで広め、辺野古では、はげしく船酔いしながらも必死で阻止行動をしている。

 サチコは施設局側の作業員との攻防で1度、指を3cmきり、流血したが、今日も笑顔で海に出て行き、カヌーをこいでいる。

 彼らは全員20歳代だ。若いからと言って失うものがないわけではない。仕事も、恋人もギセイにしてきている。
家族や友人の理解が必ずしも得られるわけではない。経済基盤も保障ももちろんない。
彼らはなにも好き好んで「たたかい」に来ているのではない。それぞれの意志で来ているのは確かだが、闘いたくて
闘っているわけではないのだ。ほんとうなら、好きな人と好きな場所で心おだやかに暮らしたい。
世の中が本当に平和なら、やりたいことは他にもっとある。
 それでもかれらが辺野古に来るのはなぜか。
 どうしても、今止めなければならないから。
 人の命をなんとも思わない人々がゆるせないから。
 命が大切と言うことだけは、どーしてもゆずれないから。

 私自身は東京で店を持ち、そこから発信していくために東京でやることに決めたため、辺野古には行けない。
先日も顔を蹴られるなどの暴行をカヌー隊メンバーが作業員から暴行を受けたとの報道があった。
東京で、はなれた場所でそのようなニュースを耳にすると、怒りとかやりきれなさが体中をうずまいて
いてもたってもいられない気持ちになります。今すぐにでも辺野古に行きたい。
 ケガさせられたり、あるは殺されたり、捕まったり。自分の大切な人がそんな目に、いつ合わされるか分からない状況
の中で、日常をおくらなければならないのが辛い。はなれていて手と足もだせない、叫んでも届かないのが辛い。
 ものすごく個人的な話ではある。
でも、自分の大切な人のいのちが大切なのは、誰でもあてはまるはずである。
自分の周りの人を大切に思うことと、戦争をなくそうと思うことは同じことだ。
大切な人が死んだらイヤだ。だから 戦争はやめよう、基地はいらない。
足りないのは、あと少しの想像力。イラクやアフガニスタンで、パレスチナで、亡くなった人々の周りの気持ち。
周りの人々のきもち。悲しくないわけがない。怒りがわいてこないわけがない。

 もう一度 問いかけます。辺野古の若者たちの「命を守るたたかい」にあなたは何を思いますか。 
 私たちは、辺野古で闘う若者たちの友人・知人・家族として、彼らの生活を支えるためのカンパを訴えます。
彼らが心置きなく行動するためには、1人・1ヶ月の生活資金・5万円ぐらいかかります。5万円×5〜6人を毎月作りたいと思っています。

 東京の「街」では、できるだけ多く地域の人たちが参加してくれるために「100円カンパ」を始めました。
 家族会も結成されました。

 ご協力をよろしくお願いいたします。
 太田武二(命どぅ宝ネットワーク)、ヨッシー(友人)、佐竹周一(友人)、中馬由紀子(友人)、中野高(友人)、富田直子・剛・翔子(家族会)、赤羽則子(家族会代表)、ハネやん(家族会)、末木(家族会)、
1/15 現在
郵便局 10020−84023361
赤羽 則子